Real Youth In Paris
タフな挑戦がつなぐ
パリのリアルスケートシーン
1950年代にカリフォルニアで誕生したスケートボードは
世界中へと波及し、ひとつの文化として確立されていった。
G-SHOCKとも密接な関係にあるスケートカルチャーは、
パリでどのように発展し、定着しているのか。
今回は数々の有名スケートブランドのモデルやスポンサードを受けるムスタファ・サレムを中心に
パリの実力派ユーススケーターに集まってもらった。
ムスタファへの取材とフォトストーリーから、
リアルなパリのユースカルチャーと彼らのタフネスを感じてもらいたい。
Interview
スケートは血の繋がり以上の
深い関係を作りだす
13歳からスケートを始め、20歳を迎えた現在は数々のスケートブランドのモデルを務め、パリのユーススケーターの顔として活躍するムスタファ。ニューヨークやベルリンにもスケートトリップに訪れた彼はパリのスケートシーンをどのように感じているのだろうか。
「元々パリの18区で生まれ育ったのですが、そこにはスケートコミュニティがなかったんです。13歳の時に10区のレピュブリックに引越し、友人がスケートパークに連れていってくれたのがスケートボードとの出会いでした。そこから徐々にブランドから声がかかり、モデルや海外へ行く機会を与えてもらうなどスケートボードは僕の世界を大きく広げてくれました。パリはそういったチャンスを与えてくれる街ですが、全員が獲得できるわけではない。自分のベストを尽くし、タフなチャレンジを続ける。それがきっかけを掴む唯一の方法なんです」。
スケートボードには常にタフなメンタリティが求められる。怪我や恐怖心を乗り越えていくことが求められるスケートボードに必要な精神性についてもムスタファは語ってくれた。
「スケートボードは自分との戦いなんです。トリックをメイクするには長い時間を要するし、危険なスポットにも挑んでいかないといけない。怪我も多いため、タフなフィジカルとメンタリティが求められます。ほかのことは考えずに目の前のトリックに集中する。そうやって自分を突き詰めていくことで初めて上達することができるんです。友人がトリックをメイクできずに悩んでいたら『自分を追い込め』とアドバイスするようにしています」。
スケートボードに欠かせない友人の存在。お互いに高めあうことのできる友人の輪が広がっていくことで、ムスタファの周りには多くの実力者が集まるスケートコミュニティとして形成されているが、そんな友人たちをムスタフはどのように考えているのだろうか。
「今一緒にいるメンバーのほとんどはスケートボードを通して出会った仲間たちです。出会った当時は昼から夜まで、食事も忘れて全員でスケートボードに熱中していました。全員がスケートボードのことだけを考えて過ごした日々はとても深い絆になっていきました。スケートボードという同じ指標を持って集まった僕らは友人以上にブラッド(家族)に近い感覚を持っています。将来は周りにいる人たちのエネルギーを大切にしながら、サポートをし合える個人のプロジェクトを立ち上げ、コミュニティを守っていければと思っています」。
Profile.
ムスタファ・サレム
13歳からスケートボードを始め、15歳からナイキのスポンサーを受けるなど頭角を表す。現在はパリのユーススケーターの顔として活躍する傍らSupremeのモデルを務めるなど、スケートボードを中心に様々な活動を行っている。
Instagram. @alrightmouss
Photography. Ben Chadourne
Coordinate. Mariko Tase
Interview & Text. Katsuya Kondo_THOUSAND
THISTIME MAGAZINE
G-SHOCK Meets Paris Chic