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チョコプラ松尾と巡る、 “G-SHOCKと過ごした90年代と今”

G-SHOCKが社会現象となった90年代に地元箱根でストリート雑誌を眺めながら、新たなカルチャーが勃興する原宿や渋谷への憧れを募らせていた松尾氏。彼女からのプレゼントでG-SHOCK熱に火がつき、今となっては白米やチャーハンのような存在になっている!?

▼松尾駿(まつお しゅん)とは?

2006年1月結成のお笑いコンビ。2015年『NHK新人おい大賞』を受賞。2008年、2014年、2018年の3度『キングオブコント』決勝に進出。
TT兄弟をはじめとするキャラクターやものまねで一躍人気を獲得し、YouTubeチャンネル「チョコレートプラネット チャンネル」は登録者数230万人にのぼる。
「ヒルナンデス! 」(日本テレビ系)、「THE神業チャレンジ」(TBS系)にレギュラー出演するなど各方面で幅広く活躍中。

Topic 1
箱根町の塾で出会った初めての1本

ーーメディアで松尾さんを見ると常にG-SHOCKを着けているイメージがあります。G-SHOCKの愛用歴はいつからですか?

松尾駿(以下:松尾):初めてのG-SHOCKは中学校を卒業する時に塾でもらいました。地元で近所のおばちゃんがやってる小さい塾だったんですけど、ちゃんと通ったら記念にG-SHOCKをもらえたんですよ。

ーー意外な出会い方でした。なかなか珍しい塾ですね。

松尾:僕の中学時代にイルカクジラモデルとかがちょうどブームだったからなんですかね。ストリート系の雑誌を見てもスニーカーと同じくらいG-SHOCKがめちゃくちゃ特集されていたのを覚えてます。

ーー地元は箱根ですよね。今では“はこね親善大使”をされている松尾さんですが、どんな10代を過ごしていたのでしょう?

松尾:本当に温泉以外は何にもない場所なんですよ。小田原まで行ってやっと古着屋さんがあるぐらい。だからファッション雑誌だけが全ての情報源で、ひたすら読み込んでいました。ストリート雑誌を見て原宿に行って、めちゃくちゃ迷子になったりしてましたよ。はじめての渋谷も新南口に出ちゃって、ここって渋谷じゃないよな? みたいな(笑)。

ーー雑誌に掲載されていた渋谷・原宿の歩き方マップの切り抜きを持ち歩きながらお店を探していた時代ですよね。松尾さんのファッションアイコンは誰かいましたか?

松尾:PUFFYが好きでしたね。ジーパンにスニーカーでG-SHOCK着けるみたいな。古着やアメカジの着こなしを参考にしていて。女性ですけど、PUFFYになりたいと思って憧れてました。

ーー今見ても参考になるストリートのミューズですね。そもそも松尾さんがファッションに目覚めたきっかけは?

松尾:友だちがお洒落をし始めたことに気がついた時だと思います。あれ? こいつ……なんか今までと違うぞ? みたいな(笑)。あとは、バスケットボールをやっていたのでNBAを見ていて、当時ルーキーだったスター選手のアレン・アイバーソンのスタイルからヒップホップやストリートカルチャーに興味を持つようになりました。

ーーなるほど。90年代のNBAとストリート雑誌がルーツだったんですね。

松尾:そうですね。雑誌の白黒ページが好きで、ファッションもバスケもそこに書かれている知識を覚えて楽しんでました。90年代って自分はまだ地元に居たので、G-SHOCKが渋谷で爆発的なヒットになってる、みたいな情報も、どこか遠くの話というか、この限定モデルは買えないんだろうな~ぐらいの感覚で見てましたね。

Topic 2
彼女からもらったDW-6900で愛が再燃!

ーーちなみに最初に使っていたG-SHOCKはどのモデルでした?

松尾:6900シリーズだと思います。3つ目ってやつですよね。10代はひたすら毎日着けていたのですが、なぜか失くしてしまって。それからしばらくは時計を着けなくなったのですが、後に当時付き合っていた彼女からの誕生日プレゼントでDW-6900をもらって、やっぱG-SHOCKいいな! と思って、そこから完全にハマりました。

ーー久しぶりに手にしたG-SHOCKのどんなところに魅力を感じたんでしょう?

松尾:芸人になって好きな服が買えるようになった時期と重なったんですよね。やっぱりストリート系の服が好きなので、そうなると結局G-SHOCKが一番合うじゃないですか。自分が好きなカルチャーにマッチしていたのが大きいと思います。

ーー旧芸名は松尾アンダーグラウンドと名乗られていたことがありましたよね。そのルーツはNITRO MICROPHONE UNDERGROUNDだったとお聞きしましたが、音楽はHIPHOPを聴かれていたんですか?

松尾:高校に入ってから、NITRO、Zeebraとかジャパニーズヒップホップを聴くようになりました。歳の離れた兄貴がいる友だちにいろいろ教えてもらって、後にレゲエも好きになっていって、私物に黄色いG-SHOCKが多いのはレゲエのカラーを入れたいからっていうのもあります。

ーーDJ MUROさんは黄色は実はヒップホップの色でもあるっておっしゃっていて、ウータン・クランもイエローとブラックが象徴的じゃないですか。

松尾:確かにNITROの人たちも、黄色いカラーリングのジョーダンとかリリースしてましたよね。

ーーG-SHOCKに関しても90年代にまだ日本にはなかった黄色いカラーのモデルがアメリカ西海岸のスケーターたちの間で注目されて、そこからヒットに繋がったと言われています。やはりストリートカルチャーと密接に関わっているんですよね。

松尾:本当にカルチャーの一部になってますよね。友だちのDJが、現場で着けるのはG-SHOCKが一番良いって言ってて。DJって時間を気にしてプレイしなきゃいけない中で、G-SHOCKは全く邪魔にならないし、一番見やすいと。結局G-SHOCKが間違いないっていうのは、音楽の世界でも同じなんだ!って感動しました。

ーーDW-6900の他にも好きなモデルはありますか?

松尾:DW-5600ですかね。まだ駆け出しの芸人の頃、シソンヌのじろうとかジャンポケの太田たちと一緒に住んでたんですよ。僕が家事を全部やっていたので、いつも誕生日になると皆より良いプレゼントをくれるんです。それでG-SHOCKをリクエストして、もらったのがこれで。

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ーー素敵なエピソードです。先ほどブラシで丁寧に磨かれていましたし、大切にされているんですね。

松尾:たまにバンドの隙間とか汚い人いるじゃないですか。なんか見ててガッカリするんですよね。スニーカーも綺麗に履きたいし、やっぱりそこは日本語ラップを聴いてきたので「毎日磨くスニーカーとスキル」ですね。

Topic 3
芸人界で一番のG-SHOCK通(きっと)

ーー今では毎日G-SHOCKを着けているんですよね?

松尾:ここ15年くらいは毎日ですね。休みの日でも、何も着けないで外に出るのが気持ち悪いぐらいなので。キャップ、G-SHOCK、スニーカーが三種の神器です。

ーーお仕事の場面でもよく着けている印象です。

松尾:そうですね。街ブラロケとかだったら着けるんですけど、バラエティで何があるか分からない時は外してます。

ーータフさが特徴のG-SHOCKでも外されるんですか?

松尾:確かに機能性としては、もしボケで崖から落ちても、僕はダメですがG-SHOCKは絶対大丈夫でしょうね(笑)。そこのタフさは心配してません。ただ、急に着替える時とかに失くしちゃうのが嫌なんですよ。大切なプレゼントも多いので、仕事内容によってはバックの中にしまっておくようにしてます。

ーーG-SHOCKへの深い愛が感じられます、ありがとうございます!

松尾:芸人の中では一番G-SHOCKを着けてる自信があります。みんな売れると高い時計買うじゃないですか。でも僕は高級時計に興味がなくて、それがステータスってのも分かるんですけど、自分だったら同じ金額でG-SHOCKを何本も欲しいって思っちゃいます。

ーー高級時計も買える大人がG-SHOCKをしているのってお洒落ですよね。

松尾:背伸びしてるけど、服と合ってないよ? って人も居ますよね。僕は服に合わせて気分で付け替えられる方が嬉しい。とにかく、いっぱい欲しいので。奥さんも、もう要らないでしょって言ってるんですが、まだまだ集めます!

ーー松尾さんの周りにもG-SHOCKを着けている方はいらっしゃいますか?

松尾:最近はプレゼントするのも良いなと思っていて、この前自分のG-SHOCKを買いに行く時にジャンポケの太田について来てもらって、その時に自分が買ったのと同じモデルをあげたんですよ。すごい喜んでて、G-SHOCKを贈るのにハマりそうです。今までたくさんもらってきたので逆に。

ーー特に印象に残っているプレゼントはありますか?

松尾:同期のシソンヌと僕らがキングオブコント2014の決勝に進んだ時、勝ったら1000万円なんですけど、負けた方は何か買ってもらうって約束をしてて、長谷川にちょっと高いG-SHOCKを買ってもらったこともありましたね。

Topic 4
今や白米(時々チャーハン)みたいな存在

ーーところで今日は新作のG-SHOCKも色々お持ちしました。まずはこちらが初代G-SHOCK 復刻モデルのDW-5000R-1AJFです。

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松尾:シンプルなのに、なんでこんなにかっこいいんでしょうね。

ーーケースの樹脂はステンレスの時計が一般的だった80年代に、堅牢性を保つ機能の為に採用した、という経緯があるので、実は狙ってデザインしたわけでもないんです。

松尾:意外ですね。計算されてないとは思えないぐらい完成されたデザインに見えます。G-SHOCK初号機のディテールが忠実に再現されていて、現物を見るとやっぱり良いですね。

ーーこちらは初代G-SHOCKのカラー(挑戦し続ける情熱を意味する赤色、高い防水性を表す青色、ショックレジスタントを意味する黄色)をフェイスに配色したGA-2100RL-1AJFです。

松尾:うわ、これもいいな~。実は今いちばんお気に入りが2100シリーズで毎日着けてるんですよ。この色、見やすいですね。

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ーーそして、同じく初代G-SHOCKカラーのDW-6900RL-1JFもあります。

松尾:こっちの復刻カラーもいいですね。ストリートファッションとしての定番はやっぱりこれな気がします。90年代に裏原系のストリートブランドとコラボでリリースされた G-SHOCKも6900シリーズから始まったイメージです。

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ーーこういったラインナップの豊富さもG-SHOCKの魅力といえますね。

松尾:いろんなデザインがあって、気分で着け変えられる。それが誰でも買える値段で、かつ頑丈ってのが素晴らしいですよね。最近は子どもと遊ぶことも多いので、時計を着けたまま水遊びも余裕だし、G-SHOCKは壊れることなんて全く気にしないで使えるのが嬉しいですね。

ーータフな時計というコンセプトが、色々な方のライフスタイルにマッチするんですよね。

松尾:だからこそ何年先もきっとあるんでしょうね。シンプルだけど飽きの来ない。毎日着けられる。白米みたいなもんですね。あとは、気分を変えてチャーハンにしてみたり。

ーー確かに、お米もG-SHOCKも日本が世界に誇る名産品ですね。最近は海外でもTT兄弟で話題を呼んだ松尾さんとしては共鳴する部分があったりしますか?

松尾:皆さん海外挑戦みたいな形で言ってくれるんですが、あまり日本を代表してみたいな感覚はなく、正直NBAを観に行く方が楽しみで(笑)。TEAM G-SHOCKの八村選手をしっかり応援して来ました!  とにかくG-SHOCKは本当に好きなのでいつか彼みたいに自分のモデルを作れたら嬉しいです!!よろしくお願いします! 

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